Novel

02.新学期


曇った電車のウィンドウに雨水が叩きつけられてぱしぱしと音を立てる。
持ってきた傘から雫が流れて車内に小さな水たまりを作っている。
無駄に高い身長のせいで傘をさしても足元だけ濡れてしまう。
春休み中に新しく作り直した制服のズボンもおろしたての靴下もびしょびしょだ。
「雨ひどいなあ…」
ふたたび視線をあげて窓の外を眺める。
新しいクラス分けはAクラス。
仲のいい友人と同じだといい。
ふっ、と息を吐き出して音楽プレーヤーの音量をひとつ上げた。憂鬱な四月の雨の日。



谷裡央、高校二年生の始業式である。



「あっ」
教室に入り、赤いメガネをかけた金髪の青年と目が合った。
「谷くん、同じクラスだったんだ」
「あ〜良かった、知ってる人がいて」
「僕もだよ」
鴾士蘇緒、放送部二年。
去年放送部にJOJOのCDを持っていったことがきっかけで出来た、数少ない僕の友人のひとり。
「それはそうとついに今週からだよジョジョ!!」
友人は興奮気味に上体を前に乗り出した。
そう、彼も僕と同じジョジョラーである。
「フ、予約は抜かりないよ。三部はジョジョを語る上で外せないからね」
「流石〜!まだ四部までしか読んでないから今度貸してくれる?」
蘇緒くんは僕と同じくらい背が高い。
椅子に座っている僕のアイレベルと蘇緒くんのアイレベルの差が大きいから見上げるような形になってしまう。
「勿論。五部はギアッチョって言うキャラクターが推しだからよろしくね」
「分かってるって、根掘り葉掘りの人でしょ。そろそろ席戻るね。それじゃあ後で」
今まで何度も繰り返してきた推し文句言うと、はいはいわかっていますよ。と
笑顔で返してくれる彼のそういう所が好ましいと思う。
「うん、後で」


控えめに手を振り彼を見送った後、再び外に目を向けるも雨は強まるばかりで、陽の光は厚い雲の向こうに隠れたままだ。
携帯電話の電源を切って鞄に入れる代わりに、持参した小説を開く、栞が落ちる。
去年手芸部で作ったさくらの押し花の栞だ。
拾い上げながら去年の今頃を振り返る。
去年のさくらは綺麗に咲いていた、入学式に相応しい青空の中、爽やかな風で舞う花びらのなんと美しかったことか。
残念だが今年は雨のせいで校舎の桜はあらかた散ってしまっただろう。
カワイイものとか美しいものを好む自分にとってさくらは単に春の象徴であるだけではなく、愛でるべき対象でもあった。
あの淡い桃色が頬をかすめるたび少し心が浮き足立ったのを覚えている。
それがない鈍色の空は一層重く見える。
ため息にも似た呼吸を一度してページをめくった。


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